大判例

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和歌山地方裁判所 昭和25年(タ)3号 判決

原告 中川美子

被告 中川政雄 (いずれも仮名)

一、主  文

本件訴訟は昭和二十五年四月二十日訴取下によつて終了した。

二、事  実

原告は、原告と被告を離婚する、原被告の長女和子の親権者を被告と定める、被告は原告に対し金十万円を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに右金員請求の部分について仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は和歌山市立高等女学校、大阪市自由メソヂスト神学校及び同市保姆学院をそれぞれ卒業し、被告は和歌山県立工業学校第二部応用化学科を卒業したものであるが、両名は戦時中見合結婚を為し、昭和二十年十月二十日戸籍上の届出をすませた。

二、しかるに被告は物事に激情し易い性質で、原告とは性格的に相異し、婚姻当初より琴瑟相和さず、些細なことにもすぐ暴力に訴え、衆人環視の中で妻を殴打することも屡々であつたが原告はよく隠忍自重していた。

又婚約の当初原告は健康診断書の交換を申入れたところ、被告は簡単な健康証明書で自己の健康状態をごまかし、結婚するや直ちに原告に淋疾を感染させ、その後昭和二十一年三月にも再度同病疾を感染させた。これは被告に不貞な行為があつたことに基くもので、それまで原告は夫婦の間に生まれた長女和子の愛情にひかれてよく隠忍自重を続けてきたものであるが、こゝにいたり忽ち夫に対する信頼感を喪つて失望に陥り、昭和二十一年九月二十三日ついに婚家を出て実家に戻つた。然し子供に対する愛着と、被告の両親の懇請もあり、且つ又被告に反省の情顕著なものを認めたので一旦婚家に帰つたが、その後被告は相変らず非行を改めようとしないので、昭和二十三年九月再度婚家を出たが、被告の両親よりの重ねての懇請により再び婚家に復帰した。

三、被告は激情性である反面飽性で仕事に熱中せず、婚姻後数年の間に職を変ること数回に亘り、常に両親より生活上の補助を受けており、昭和二十四年以後は失業してしまつたので、原告はやむを得ず新聞記者や保育園の保姆を勤めて生計を補助していた。

以上の事実は到底将来婚姻生活を継続し難い重大な事由に該るので、こゝに離婚の請求に及んだ。

四、被告方は農業と酒販業を営み、田地一町歩の外家屋動産等約百万円のものを所有し、叙上のように原告の受けた精神上の苦痛に対する被告の損害賠償は同家の資産状態に鑑み十万円を以て相当とするので、これが支払を求める。

と述べ、

五、尚昭和二十五年四月二十日提出の訴取下書は被告の脅迫によつて作成したものであるから無効であると述べた。<立証省略>

三、理  由

本件訴訟において、昭和二十五年四月二十日原告より被告の同意を得た訴取下書の提出のあつたことは記録上明かである。よつて該書面が被告の脅迫により作成された無効のものであるか否かについて案ずるに、この点に関する証人山崎義雄の証言はたやすく措信し難く、他にこれを認定すべき証拠がない。さすれば本件は既に訴の取下によつて終了したことが明かであるから爾余の判断を要しない。よつて主文のように判決する。

(裁判官 井関照夫)

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